【オーナーインタビュー】
中嶋 聡様
「良い響き」の探究と向上心
アマチュアピアニストにとってのスタインウェイ
30代半ばに東京から沖縄へ移住され、那覇市でクリニックを開業されている中嶋様。スタインウェイのグランドピアノをご購入されて以来、アマチュアコンクールに出演されるなど公私ともにご活躍の間隙を縫って、ひとえに「美しい音」を追い求める向上心やストイックな姿が等身大に伝わる文章を寄稿頂きました。
「素人なのにスタインウェイを買っても…」
「レッスンが近づいては慌てて練習を繰り返し…」
そのような、アマチュアとしてピアノへ向き合う方々の多くが一度は抱える葛藤も、隠さず綴られた文章に共感される方も多いのではないでしょうか。
ここだけで語られる、胸を打つ物語を是非お楽しみください。
スタインウェイとの巡りあい
私は沖縄県那覇市でクリニックを開業している精神科医です。東京から沖縄に来て30年余りになります。ピアノは子供のころ3年ほど習ったのち、大学生の時に東京芸大に家庭教師募集を出したところ来てくれた先生(つまり東京芸大の学生)に3年ほど教えていただきました。その方は現在は大ピアニストになっています。
今にして思えば、その時にもっと真剣に吸収しておけばよかった。でもその時はその時間のかけがえなさに気づかず、いい加減に練習しては毎回のレッスンをやり過ごしていました。
50代も半ばを過ぎたころ、家内と一緒に毎週ヴォイストレーニングに通っていたのですが、そこで伴奏をしていたピアニストの音が美しいことが気になって、ある時思い切って「教えていただけませんか」と頼んだところ快諾してくださいました。私がピアノを本格的に練習するようになったのはそれからです。とはいってもなかなか上手にならず、年1回の子供たちに交じっての発表会のほかにはこれといった目標もなく、近づくとあわてて練習しては月2回のレッスンをやり過ごしていました。あいかわらず過去の反省もなく、「豚に真珠」を繰り返していました。何回目かの発表会の時、浦添市のてだこホールというところでスタインウェイのピアノを弾きました。曲はショパンの練習曲作品25の10でした。演奏は途中で止まったりして散々だったのですが、そのときに感じた響きが、あとから思い出しては忘れられなくなりました。
思えば30代半ばに私が東京から沖縄に来たきっかけも、見学に来た病院のベランダから見た、夕陽に照らされた首里方面の景色が忘れられなかったことでした。私には案外、そういう感覚的なところがあるのかもしれません。ほどなく懇意にしている調律師に購入したい旨を伝え、新品のA-188を手にしました。
首里の街並の夕景
楽器に宿る魅力
スタインウェイを購入して良かったことはいろいろあります。ただ以前のピアノはアップライトでしたので、私はグランドピアノはスタインウェイしか弾いたことがありません。ですから他と比較しての話では全くないことはご承知ください。
まず、気持ちいい。
ピアノの前に座ると、とにかく無条件に気持ちいいんです。弾いた感触もよい。「弾いたらそのまま音になる」という感じ。当たり前のことを言っているようですが、私には新鮮な驚きでした。
それから、ステージで初めてのピアノの前に座っても、「ああうちのピアノと一緒だ」と思える。目の前に「Steinway & Sons」の文字を見つけると、幾分かでも緊張が和らぎます。
また、練習時間が増えました。これには気持ちよさのほかに、買ったからには元を取りたいという貧乏根性も働いているようです。うちはマンションの一室なので、工事に400万円かかった防音室に、あんまり安いピアノを置く気にならなかったという事情もあります。
また、「うちのピアノではこんな音は出せない」といった言い訳がきかないということもあります。
ほかには、ミスタッチしにくいということもあります。鍵盤の材質が関係しているのでしょう。
向上心から導き出される「美しい音」
でも、私にとって一番良かったことは、意外なところからやってきました。ピアノを弾く時間が増えたことから、向上心も湧いてきました。そこで、アマチュア向けのコンクールに挑戦するようになりました。ステージに立つだけで緊張し、途中で止まってしまい、必死で音を探して奇蹟的に復帰する、ということの連続でした。審査員の先生もどうコメントを書いていいか困るような演奏だと思います。それでもいつも前向きなコメントをいただき、それを励みに練習していました。するとあるときから、コメントの中に思いがけない言葉を多くいただくようになりました。それは「いい響きの音です」という言葉です。
音にあこがれて先生に指導をお願いした私です。音をほめられるというのは、自分にとって最高の名誉であり、目標と言っても過言でないことです。アマチュア向けですから、やる気を高めるためのほめ言葉という意味もあるかもしれません。しかし音楽家ですから、いい加減にこんな言葉を使うはずはないと思います。多少厚かましいかもしれませんが、額面通り受け取っています。
首里城跡の夕景
良い音を、自分の当たり前に
このことには、これまでの先生の指導と練習の成果もあるでしょう。しかしもう一つ、毎日スタインウェイを弾いていることによって、スタインウェイの音が自分にとっての「当たり前」になり、それが自然にステージでも表現されるようになった、ということもあるのではないかと思っています。
考えてみれば、ピアノの音は、どれでも同じということはありません。「ド」を弾いたら「ド」が出る、それだけだと、ピアノを知らない人は思っているかもしれませんが、実際には倍音が複雑に混入して音を作り上げています。そうして出来上がる音は、演奏者の腕やペダルの効果はもちろんですが、それ以前に、それぞれのピアノが特性として持っています。スタインウェイの場合、まさにそこに音の秘密があり、それは特許によって守られているばかりか、他社がどうやっても真似ができないところだと聞いています。
一方、人間の脳には驚くほどの可塑性(かそせい)があり、与えられた環境に適応する能力があります。たとえば私は一年前飛蚊症といって目の前に糸くずのようなものが飛ぶ症状を経験しました。最初は手で追い払おうとしたり、そうでなくともわずらわしくて仕方なかったのですが、そのうちいつの間にか気にならなくなりました。これは、糸くずの原因となる眼球内の異常(眼球内に詰まっている硝子体の濁りなど)がなくなったからではなく、糸くずがある環境に脳が適応したために起こった現象のようです。つまり脳が自分で勝手にリハビリをしたわけです。
そうなると、毎日それ以外のピアノで練習しているのと、スタインウェイのピアノで練習しているのとでは、いつの間にか大きな違いが出てくる、という可能性があるのではないでしょうか。自分の音を聞きながら、それを少しでも良いものにしようと思いつつ弾いているわけですから、それぞれの脳が適応しようとする世界は同じではなく、いつの間にかその人にとっての標準が「平凡なもの」と「いいもの」に分かれてくる、ということがありうるのではないでしょうか。以上のことは、音楽的にも医学的にも立証されていることでは全くなく、私の空想にすぎませんが、スタインウェイが私の日常に加わって一年あまりが経った今の感想として述べてみました。
最上の音楽ライフに寄り添うスタインウェイ
そういうわけで、スタインウェイは確実に私の生活を豊かにしてくれています。
手にする前は「素人なのにスタインウェイを買っても……」「単なる贅沢ではないか」と思っていましたが、今では、ピアノに対する愛情が強くなって練習時間が増えたことも含めて、スタインウェイを選んで本当に良かったと思っています。素人でも、音楽ライフを楽しみたい気持ちがあって、自分なりに少しでも良く弾けるようになりたいという向上心のある方なら、きっと手にして価値を感じることと思います。
また先に述べた理由から、発達途上のお子さんにとっても、きっといい影響を与えるのではないでしょうか。もっとも、どのくらいの時期が最適なのかは、教育的な配慮も加味して現実的に決める必要のあることだと思いますが。
<御礼>
公私ともにお忙しい中、数千文字にわたる素敵な寄稿をくださった中嶋先生に、深く感謝申し上げます。
昔のお話や演奏に関しては過分なご謙遜を感じつつも、お人柄が伝わるような真摯で丁寧なエピソードと文体に、強く心打たれました。そしてスタインウェイのピアノを購入されたことによって、より深い「美しい音」の追求や、舞台での安心感に繋がっていることも大変嬉しく思います。
「スタインウェイは一流のコンサートホールや演奏家のためだけの楽器」ということを耳にすることがありますが、それは違います。大切なのは演奏技術ではなく、弾き手の求める音・表現や、ピアノに触れる時間に求める充足感を満たしてくれるかどうかではないでしょうか。一流のピアニストであろうと、趣味として演奏する方であろうと、有限の時間をピアノに捧げて音や音楽と向き合っているのですから。
中嶋様が書いてくださった「スタインウェイは確実に私の生活を豊かにしてくれています」というお言葉は、アマチュアでもスタインウェイを持つことで得られる特別な魅力を風光明媚に表してくださっているように思います。これからもスタインウェイと共に、美しい音を追い求めながら、豊かな生活をお過ごし頂けることを心より願っております。
スタインウェイ ジャパン